ありえないからこそあるような
作るものと作られるものがそれぞれあって、
ひとが自分自身をコンテンツに仕立てる場所では、その座標が完全にではないけれど被っていて、その完全ではない部分、被っていない部分のことを、言葉にしたり追ったり、あるいは好きになったりすることに、そのコンテンツを好きになればなるほど最近は少しずつ後ろめたさを抱いてしまったりしているけれど、その単純なベン図のもっと向こう側で、それをひっくるめてひとつの生きざまですと言われたら、逆に安心してしまうかもしれない。何度も聴いていると気づいたら終わっている、3分ちょっと。